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31.翌年に繰越される雑損失と期限内申
   サラリーマンのため、還付申告はいつでもできると思い、
平成8年5月20日に平成6年分と平成7年分を同時に申告しま
した。申告の内容は、平成6年分では雑損控除を適用し、翌年
以降に繰り越される雑損失の金額を平成7年分で控除しました。
 しかし、後日、税務署から「あなたの場合は、翌年に繰り越
される雑損失の金額があるので期限内申告が必要です。」と言
われました。還付してもらえないのでしょうか。
 
要旨
   雑損失の額が当該申告書に係る年分の総所得金額、退職所得金
額、山林所得金額を超え、翌年に繰り越される雑損失の額がある場
合には、期限内申告が必要です。
 しかし、宥恕規定がありますので、申告期限までに申告できなか
った相当の理由があれば、還付してもらえます。今回のような大震
災では、引っ越しなどによる後片付けや住宅の再建など家族優先の
生活基盤の確保はやむを得ない事情に該当すると思われます。
 
解訳
 確定申告書を提出する居住者のその年の前年以前3年内の各年に
おいて生じた雑損失の金額は、当該申告書に係る年分の総所得金
額、退職所得金額または山林所得金額の計算上控除できます。
                        (所法71@)
 居住者が雑損失の金額が生じた年分の所得税につきその雑損失の
金額に関する事項を記載した確定申告書をその提出期限までに提出
した場合(税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合
には、当該申告書をその提出期限後に提出した場合を含む。)であ
って、その後において連続して確定申告書を提出している場合に限
り、適用されます。(所法71A)
 
留意点
 雑損失の控除不足額がある場合は、次の事項を要件として、3年
間の繰越控除ができます。
(1)その損失の生じた年分の確定申告書をその提出期限までに提出
    していること。
(2)その後の各年分において連続して確定申告書を提出しているこ
    と。なお、青色申告者の純損失の繰越控除及び白色者の純損失
    の繰越控除にも宥恕規定があります。
 
32.還付保留の申告書と加算税
 毎年、確定申告をしています。今年は、雑損控除を適用した
ため還付となる確定申告書を提出しました。しかし、まだ、処
理されていないのか、税額の還付がありません。もし、この雑
損控除が認められなければ納税額が発生しますが、この場合で
も過少申告加算税が課税されるのでしょうか。
 
要旨
 税法上、雑損控除が否認され修正申告や更正によって新たに納税
額が発生した場合は、加算税や延滞税が課税されます。しかし、今
回のような震災に伴う納税者の実情から判断する限りでは過少申告
加算税は課税されないと思います。
 
解説
 上記の原因の1つは、確定申告書そのものが正規に処理されてい
ないことに原因があります。つまり、租税債権・債務が「調定」さ
れずに未処理のまま保留されているからです。この場合は「修正申
告」ではなく、当初の申告の「訂正申告」として取扱うこととされ
ています。
 また、今回の還付保留のケースでは、損失の内容とか解釈に「争
点」があり、納税者自身に過少申告の意図がなくかつ、納税者の責
に帰せない場合は、可罰的な加算税等に馴染まないところがあると
考えられます。いずれにしても、法令に従って租税債権・債務は
「納税者のする申告により確定する」(通則法16)のですから、税
務当局は速やかに還付し、調査により申告と異なるところが判明す
れば処分を行うことが妥当といえます。
 
課題事項
 納税者が提出した還付申告書に対しては、早期に処理することが
必要であり、それが遅延することは、せっかくの今回の震災特例の
措置が生かされないことを意味します。結果として、納税者の権利
や利益享受に不均衡が生じます。
 このような不作為による不利益を救済するためには、現行法上は
行政手続法上の不作為の申立をすることができますが、国税通則法
上にも明確な規定が必要と思われます。
 
33.雑損控除の修正申告の慫慂
  自宅のマンションの一部損壊で、簡易計算による雑損控除
を適用し、既に還付を受けておりました。
 ある日、所轄税務署から勤務先に電話があり、修正申告を行
うように言われました。再三自宅に電話があったようです。私
の申告書は税理士に依頼していますので、その署名も押印もあ
ります。税務署から再三会社に電話がかかってくると、脱税を
しているように勘違いされ、サラリーマンの私はクビになって
しまいます。
 このような方法で修正申告を強要することは税務署には許さ
れているのでしょうか。また、修正申告に応じなければなりま
せんか。
 
要旨
 今回の震災に限っていえば、簡易計算による雑損控除の適用の訂
正、あるいは修正申告の慫慂において、一部の税務職員に質問検査
権の範囲を逸脱した行為があったように聞いておりますが、あって
はならないことです。
 修正申告をするかどうかは別問題として、行政手続法に基づき行
政指導の責任者を明確にさせ、その者に対して抗議すべきです。
 
解説
 税務職員は質問検査権を有し、また納税者には受忍義務がありま
すが、修正申告の  に際して、納税者に負担感を与える方法は、
極力避けなければなりません。修正申告の慫慂自体が行政指導にす
ぎないものですから、納得できなければ修正申告をする必要はあり
ません。
 行政指導とは、行政手続法では、「行政機関がその任務または所
掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の
者に一定の作為または不作為を求める指導、勧告、助言その他の法
律上の強制力を有しない手段により特定の者に一定の作為又は不作
為を求める行為であって処分に該当しないものをいう。」とされて
います。この行政指導に従わないことをもって不利益処分をするこ
ともまた禁じられています(行政手続法1条、32条、35条)し、そ
の際には、行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなけ
れければならないこととされています。
 したがって、納税者に対して、その処分が行われていない以上、
迷惑行為が行政機関によって行われても、国税の不服申し立てとし
ての「異議申立て」「審査請求」を行うことはできません。しかし、
「処分の決定前に納税者が行える行為のひとつとして、請願があり
ます。請願は憲法16条に定められているもので国税局長、税務署長
のみならず、すべての官公庁に対して不服の申し立てをすることが
できます。この請願には、請願者の氏名(法人の場合はその名称)
と住所、請願者の要求を記載して所定の官公庁に文書で提出するこ
とになっている……略……提出された請願書は必ず受け取り、誠実
に処理しなければならないのが決まりですから、請願者の主張が正
しければ認められます。」(納税通信:1993年9月13日付:当局か
らのお答え)
 このように、請願という正規の方法もありますが、納税者として
は、まず、税務当局の責任者に対して、要旨のような態度表明を明
らかにすることがよいと思われます。
 また、申告書を作成した税理士にその修正申告の慫慂に対する意
見表明の機会があたえられない形で、直接、納税者に電話で、承諾
を迫る方法については税理士法上の、税理士の税務代理権限を軽視
していることとなります。
 このような事例の他に、税務職員が直接納税者の職場に訪ねてい
ったという報告もありました。
 
34.還付がなされていない場合の不作為の
申立て
 
  市役所が認定した「一部損壊」の、り災証明書を添付して簡
易計算による雑損控除の申告をしました。しかし、いまだに税
金の還付 がなく、「更正処分」も「修正申告」の慫慂もありま
せん。しか も、提出した申告書が地方税当局に回付されていな
いために、住民税の決定通知が雑損控除をしないままの計算で
行われています。こ の場合どのような手続きをしたらよいので
しょうか。
 
要旨
 国税通則法第16条は「納付すべき税額が納税者のする申告により
確定することを原則にし……」と規定しており、本来は申告の手続
きが「法律の規定に従っている」限り相当の期間内に誠実に対応し、
還付の手続きをする義務があると考えられます。
 事例のような状況は、行政上の不作為に該当するとも考えられま
すが、国税関係の法体系のなかには不作為に対する救済手続規定は
ありません。
 一方、「行政不服審査法」の第7条に「行政の不作為については
……異議申立て又は当該不作為庁の直近上級庁に対する審査の請求
のいずれかをすることができる」とあり、申告書を提出した税務署
長に対し「不作為についての異議申立書」を提出するか、国税局長
に「審査請求書」を提出することも可能と考えられます。
 しかし、所得税の還付金の還付が、法令に基づく申請に対し行う
処分その他公権力の行使に当たる行為でないとする見解もあり、当
局は、行政不服審査法に規定する不作為に該当せず、不服申立ての
対象とはされないと考えています。
 
留意点
 (1)この「行政不服審査法」の第7条に「異議申立書または審査請求
   書」の記載事項については、同法第49条で「次の各号に掲げる事
   項を記載しなければならない」と規定しています。
   @異義申立人または審査請求人の氏名及び年齢または名称並び
   に住所
   A当該不作為に係る処分その他の行為についての申請の内容及
   び年月日
   B異議申立て又は審査請求の年月日
 (2)この「異議申立て」「審査請求」によっても解決しない場合
 は、更に裁判所に対し「不作為の違法確認の訴え」を起こすこと
 ができます。
 (3)また、一般的に税務署長に対しても「請願法」を活用し、第5
 条に規定されている「これを受理し誠実に処理しなければならな
 い」という要求をする手立てもあります。
 (4)地方税当局の「住民税通知」に対しては、速やかに“税務署に
 確定申告書を提出している”旨を記載した「異議申立書」を提出
 して減額更正を求めるのも一つの方法です。また、期限後ではあ
 っても「住民税申告書」を所得税の申告とは別個に提出すること
 も可能でしょう。なお、住民税に関しては、事例49を参照して下
 さい。
 (5)このような事例は、特にマンションの一部損壊に関してのこと
 と思われます。
  確定申告書を提出したところ、雑損控除の損害額について、簡
 易計算は認められず実額で行うよう税務署より指導があり、この
 点で保留とされたケースは多くみられました。
  しかし、数少ない例ですが、全く連絡もなく、還付もされない
 ケースも散見されました。
 
課題事項
 今回の「震災特例法」は未曾有の大震災で、その被災者の数・規
模・被害内容も複雑かつ多様であり、被害額も膨大なために、早急
な救援が求められ、超法規的に平成7年の被害にもかかわらず平成
6年分の確定申告で適用する措置がとられています。この非常立法
の趣旨からすれば、当然に、速やかに還付がなされるべきもので
す。そのために「効率的」処理の方策として「損害額の簡易計算方
式」が策定されたのではないでしょうか。
 しかも、この簡易計算の取扱い方が途中から変更されて「立法
趣旨」が生かされずに混乱を引き起こしているのも事実です。
  本来の立法趣旨に立ち戻り被災者救援の立場での早急な事務処理
が求められます。
 
35.震災で帳簿等が紛失した場合の申告
 青色申告看ですが、農災により帳簿類及び資料等が全て紛失
してしまいました。得意先等も90パーセント以上が全・半壊し
ているため調査や資料収集が不可能でしたので、前年の申告等
を参考に取りあえず「推計計算」で申告しましたが、この場合、
従来どおり青色申告として扱われるのでしょうか。
 
要旨
 元帳や原始記録が震災で消失や紛失した場合は、その状況などの
判断により「やむを得ない事情」があれば認められます。
 
解説
 特例法でもそこまでは規定していませんが、「帳簿書類等が消失
または紛失等して、帳簿等に基づく収支計算を行うことができない
者については、原則としては、取引先などに照会するなど、合理的
な方法により所得計算しなければならない。また、取引先等も被災
するなどして確認できない場合は、平成5年分の申告額を基礎とし
て、平成6年分の景況等を加味して計算すること。」また「税理士
事務所に預けていた帳簿書類等が被災(滅失)した場合、あるいは
コンピューターに重大な損傷が生じ直ちに回復できない場合につい
ても、同様に取り扱う」こととしています。(国税当局の説明)
 このように明確な規定はありませんが、逆に青色取消し要件にも
該当しないわけですから、青色申告を取り消されることはないと考
えられます。
 
課題事項
 今後、このような大震災を想定し、所得税法148条、同法231条の
2,災害減免法の一部にこのような場合の宥恕規定を設けておくべ
きだと考えます。
 
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