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41.被災土地を相続人が売却した場合の
居住用財産の特例
 母は8年前に自宅を取得し長男と同居しておりましたが、こ
の震災により自宅が全壊しました。その後仮住まいをしていま
したが、平成7年3月10日に母が死亡したため、相続人である
長男が全壊した自宅の敷地を相続しました。
 長男は当初その敷地に自宅を再建する予定でしたが、未利用
のまま諸般の事情により売却することとなりました。長男はこ
の譲渡について居住用財産の3000万円特別控除の適用はできま
すか。
 また、居住用財産の軽減税率の特例は受けられますか。
 
要旨
 長男は相続開始前に、被相続人である母とともに全壊した家屋に
同居しており、その敷地は何らの用途にも供さないまま譲渡してい
ますので震災特例により居住用財産の譲渡の特例を受けることがで
きます。譲渡益に対しては、3000万円の特例控除ができます。また
譲渡益が3000万円を超える場合、この事例では家屋の敷地の用に供
されていた土地等の所有期間が10年を超えておりませんので軽減税
率の特例は受けられないこととなります。
 
解説
 個人の所有する居住用財産が災害により滅失した場合の譲渡所得
の取り扱いについては、従前から措置法31条の3(居住用財産を譲
渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例)第2項第4号に規定され
ていましたが、被災後に相続が開始した場合の相続人の行った譲渡
についてまでは手当がなされていませんでした。
 今回の阪神・淡路大震災は、その被害があまりにも甚大でかつ広
範囲にわたっているため、「これにより生活・事業活動が大打撃を
受け、これへの緊急な復旧復興への努力が行われている状況にある
ことなどの社会的・経済的な種々の理由から、被災居住用財産を利
用しようにも利用できない状況での居住用財産の所有者の死亡であ
ることを特別に考慮した」取り扱いとして震災特例法関係通達
13-2(阪神・淡路大震災による滅失家屋等を居住の用に供していた
かどうかの判定)が定められ、救済が図られることとなりました。
 この通達は、阪神・淡路大震災により被災した居住用財産を相続
した相続人が当該居住用財産を譲渡した場合において、次の要件を
満たしている場合には居住用財産の譲渡の特例を適用することとし
ています。
(1)阪神・淡路大震災による被災直前において、当該相続人は被相
  続人とともに当該居住用財産に居住していたものであること。
(2)当該居住用財産は、阪神・淡路大震災による被災の後、公共目
  的のための一時的な利用は別として、住宅の用、事業用施設の用
  その他何らの用途にも供されることなく譲渡されたものであるこ
   と。
 
留意点
  この取り扱いはあくまでも阪神・淡路大震災の被災者である相続
人を前提としたものであり、通常の相続の場合には適用がありませ
ん。また、居住用財産の課税の特例の適用にさいしては、
(1)配偶者及び特殊関係者に対する譲渡については適用されないこ
   と。
(2)軽減税率が適用されるのは「その年の1月1日において所有期
  間が10年を超えることとなる家屋の敷地の用に供されていた土地
  等の譲渡」であること等に留意する必要があります。
 
課題事項
  災害により被災した居住用財産をその所有者が譲渡する場合につ
いては、災害減失家屋の跡地について、居住の用に供されなくなっ
た後どのような用途に供されている場合であっても居住用財産とし
て扱われるのに対して、被災居住用財産を相続した者が当該財産を
譲渡した場合は、何らの用途にも供していなことが要件とされてい
ます。震災直後の混乱と不確定な諸条件を考えれば、所定の期限内
については相続人に対しても適用要件を緩やかなものとしてもよか
ったのではないかと思われます。
 
法冷等
措置法31条の3A四(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の
             課税の特例)
措置法35条(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特
      例)
措置令20の3@(居住用財産を譲渡した場合の課税の特例一適用除
        外とされる特殊関係者の範囲)
措通31の3-14(災害滅失家屋の跡地等の用途)
措通31の3-15(居住の用に供されなくなった家屋が災害により減失
       した場合)
措通31の3-20(特殊関係者に対する譲渡の判定時期)
震特法通達(所)13-2(阪神・淡路大震災による減失家屋等を居住の
            用に供していたかどうかの判定)
 
 
42.被災自宅の跡地にマンションを建設し
分譲
 震災により、20年間住み続けた家屋が全壊しましたが、幸い敷
地が600uと広かったため、そこへ5階建てのマンションを建設し
て最上階の一角を自己の居住用とし、他の部分は土地の共有持ち
分付きで分譲することとしました。
 この場合に居住用財産3000万円の特別控除の適用はできますか。
また、居住用財産の軽減税率の特例は受けられますか。マンション
の完成、分譲は平成9年3月の予定です。
 
要旨
 極めて長期間保有していた土地に区画形質の変更を加えて譲渡し
た場合には、「当該土地の譲渡による所得のうち、区画形質の変更
等による利益に対応する部分は事業所得または雑所得とし、その他
の部分は、譲渡所得として差し支えない」こととされています。
 また、災害減失家屋の跡地については、どのような用途に供して
いる場合であっても、これらの家屋を、その居住の用に供されなく
なった日から、3年を経過する日の属する年の年末までに譲渡して
いる場合には、居住用財産の課税の特例は受けられます。
 したがって、この事例の場合、平成10年12月31日までに分譲でき
た分に係る譲渡所得については、居住用財産の3000万円特別控除と
軽減税率の特例が受けられます。
 
解説
 固定資産である土地に水道その他の施設を設け、建物を建設して
譲渡した場合、その土地は固定資産から棚卸資産に転化したと考え
られますから、当該譲渡による所得は、その全部が事業所得または
雑所得に該当することとされています。
 しかしながら、極めて長期間(おおむね10年以上とされていま
す。)保有していた土地についてはその間の値上り益も含まれてい
ると考えられますから、譲渡時点までの値上り益について譲渡所
得、区画形質の変更を加え建物を建てたことによる値上り益に相当
する部分の所得については事業所得または雑所得として課税するこ
ととされています。
 本件の場合20年間居住の用に供した家屋の敷地を譲渡したわけで
すから、分譲によって得た所得も譲渡所得と事業所得または雑所得
に区分することとなります。
 また、譲渡所得に対する居住用財産の課税の特例適用が問題にな
りますが、次の要件を満たす譲渡については、当該譲渡がその家屋
を居住の用に供されなくなった日から3年を経過する日の属する年
の12月31日までの間に行われている場合には、その譲渡した資産は
居住の用に供されなくなった日以後どのような用途に供されている
場合でも、居住用財産の課税の特例は受けられることとされていま
す。
(1)災害により減災した居住の用に供している家屋の敷地の用に
 供されていた土地等の譲渡
(2)居住の用に供していた家屋で居住の用に供されなくなったも
  のの譲渡
 (3)(2)の家屋とともにするその家屋の敷地の用に供されている
    土地等の譲渡
 居住用財産の課税の特例としては、3000万円の特別控除・居住用
財産の買換及び居住用財産の軽減税率の特例とがあります。この特
例適用にあたっては、譲渡の相手方が配偶者、直系血族及びその個
人と特別な関係にある者でないことが要件とされています。また軽
減税率の特例が適用できるのは「その年の1月1日において所有期
間が10年を超えることとなる家屋の敷地の用に供されていた土地
等」となっておりますから土地の所有期間が10年を超えていても家
を建てたのが10年以内であればこの特例は適用でさないこととなり
ますから注意が必要です。措置法通達31の3-14及び同通達31の
3-15はいずれも居住用財産の軽減税率の特例について定めたもので
すが、措置法通達35-5において3000万円の特別控除の適用対象とな
る譲渡かどうかの判定については、措置法通達31の3-14及び同通達
31の3-15に準じて取l)扱うものとすることと定められていますか
ら、この事例では両方の特例の適用が受けられることとなります。
  また2以上の年にまたがって譲渡した場合には居住用財産の課税
の特例で長期譲渡所得の100万円の特別控除が受けられます。
 
留意点
 この事例では災害により滅災した居住用家屋の跡地を譲渡した場
合について検討しましたが、居住の用に供されなくなった家屋が災
害により滅失した場合については、措置法通達31の3-15に定めがあ
ります。また、災害に基因しない通常の場合において居住用家屋を
取壊して建売り等をする場合の敷地の譲渡については、措置法通達
35-2によることとなり、こちらは適用要件も厳しく制限されてお
り、居住用財産の課税の特例は適用されないこととなりますので注
意が必要です。
 
法令等
所基通33-4(固定資産である土地に区画形質の変更等を加えて譲渡
       した場合の所得)
所基通33-5(極めて長期間保有していた土地の区画形質の変更等を
       加えて譲渡した場合の所得)
措置法31条の3(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税
        の特例)
措置法35条(居住用財産の譲渡所得の特別控除)
措置令20の3@(居住用財産を譲渡した場合の課税の特例一適用除
        外とされる特殊関係者の範囲)
措置令23A(居住用財産の特別控除−指置令20の3@の準用)
措通 31の3-14(災害減失家屋の跡地の用途)
措通 31の3-15(居住の用に供されなくなった家屋が災害により減
         失した場合)
措通 31の3-20(特殊関係者に対する譲渡の判定時期)
措通 35-2(居住用土地等のみの譲渡)
措通 35-5(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特
       例に関する取り扱い)
 
43.被災した自宅兼店舗の売却における
特別控除と雑損失の繰越
 この震災により自宅兼店舗(床面積は2分の1ずつ)が全壊の
後、全焼しました。自宅を新築するために、敷地半分を平成7年
10月に売却し、2000万円の譲渡益が発生しました。この場合、平
成7年分の所得税の確定申告で居住用財産の3000万円特別控除の
特例は適用されるのでしょうか。また、平成6年分の所得税の確
定申告で、雑損失の繰越額が1500万円発生しております。平成8
年分の確定申告での繰越額はあるのでしょうか。
 
要旨
 敷地の売却については、居住用財産の3000万円の特別控除の特例
の適用がありますが、店舗部分の敷地の売却については適用できま
せん。
 雑損失の繰越控除は、居住用財産の3000万円特別控除をする前に
控除します。したがって、平成7年分の確定申告で1500万円全額が
控除されてしまい平成8年分への繰越額は残らないことになります。
 
解説
 居住用財産の3000万円特別控除の特例は、譲渡した人が居住して
いた家屋および家屋とともにする敷地の譲渡について適用がありま
す。本事例は居住用財産の一部の譲渡および居住用以外の財産の譲
渡に関する問題です。また、災害により減失した居住用家屋の敷地
の譲渡で、居住の用に供されなくなった日から3年を経過する日の
属する年の12月31日までの間に譲渡した場合に該当しますので、自
宅の敷地に該当する譲渡益部分について3000万円の特別控除の特例
の適用があります。
 分離譲渡所得金額を計算する場合、雑損失の繰越控除、分離譲渡
所得の特別控除の順番で控除していくことになります。本事例では
以下の通りとなります。
(1)(貸店舗部分の譲渡益)(雑損失の繰越額)(雑損失の繰越額)
          1000万円   −  1500万円  =  △500万円
(2)(居住用部分の譲渡益)(雑損失の繰越額)(居住用部分の譲渡益)
          1000万円   −   500万円  =   500万円
(3)(店住用部分の譲渡益)(3000万円特別控除)(分離譲渡所得金額)
          500万円   −   500万円  =   0円
したがって、平成8年分へ繰り越される雑損失の金額は残らない
ことになります。
 
留意点
(1)災害により滅失した家屋の敷地の用に供されていた土地の一
  部を区分して譲渡した場合には、現存する家屋の一部を取壊し
  て敷地とともに譲渡した場合と違いすべての場合について
  3000万円の特別控除が適用されます。
(2)店舗兼住宅の居住部分については、居住の用に供している部
  分の面積に相当する部分とします。
(3)雑損失の繰越控除は、分離譲渡所得の特別控除をする前に控
  除します。
 
課題事項
 今回のような大震災では自宅も店舗も失って、自宅を新築するた
めに敷地の一部譲渡というのはレアケースではないと思われます。
このような場合には、特例により店舗等非居住用部分の敷地の譲渡
についても何らかの特別控除を適用できるようにすることが望まれ
ます。また、平成6年分で雑損控除を適用せずに、平成7年分で雑
損控除を適用する場合は、平成8年分への雑損失の繰越額が発生し
ます。雑損失の繰越控除についても本事例のような場合には雑損失
の繰越控除と3000万円の特別控除の適用については、納税者に有利
になる特例が望まれます。
 
法令等
所法72(雑損失の繰越控除)
措置法31(長期譲渡所得の課税の特例)
措置法35(居住用財産の譲渡所得の特別控除)
措通31・32共-3(特別控除額の異なる資産の譲渡がある場合の譲
                渡所得の構成)
措通31・32共-6(雑損失の繰越控除の順序)
措通31の3-7(店舗兼任宅の居住部分の判定)
措通31の3-18(居住用家屋の敷地の一部の譲渡)
 
44.相当の地代による借地権の譲渡
 阪神大震災により法人所有の建物が全壊しました。建物は除
去し、その敷地を売却する予定です。土地の所有者は法人の社
長個人です。法人は建物を建設する際に社長個人より相当地代
(据置方式)により土地を借り受けていました。売却する場合
の法人と社長個人の譲渡代金の取扱いはどのようになりますか。
 
要旨
 土地を借り受けていた法人は震災当時借地権を有していたことに
なります。たとえ借地権の敷地上の建物が減失したとしても、借地
権自体は消滅しないものと考えられます。したがって、税務上、借
地権の無償返還の届出が提出されていない限り、次のいずれかの方
法によって分配することになります。
(1)収益還元(1−実際支払っている地代年額/相当の地代年額)
  の割合でもって分配する。
(2)国税局長の定める借地権割合でもって分配する。
ただし、借地権者に借地権を存続させる意思がない場合に、罹災都
市借地借家臨時処理法第12条を適用して、その土地の賃貸借契約が
解除されている場合には、借地権は消滅したものと考えられます。
この場合でも借地権者は地主に対して、立退料その他の対価の支払
を請求する権利があります。また、対価の支払がない場合には、無
償返還の届出を提出していない限り、借地権を無償で返還したもの
と考えられ、借地権者と地主に課税の問題が起こります。
 
解説
(1)税務上、借地権の設定に際して権利金を授受する取引上の慣
  行がある場合において、権利金の収受に代えて土地の更地価額
  に照らし、その使用の対価として「相当の地代」(土地の更地
  価額のおおむね年6%の地代)を収受している場合は、その取
  引は正常な取引条件でされたものとして権利金の認定課税(本
  事例の場合は賃借人である法人について)は行われないことに
  なっています。
(2)上記でいう「土地の更地価額」とは、原則として、その借地
  権設定時における通常の取引価額(時価)をいうのであります
  が、課税上弊害がないかぎり、次のいずれかの価額を土地の更
  地価額とみなして相当の地代を計算することができます。
  @その土地につき近傍類地の公示価格等(地価公示法による
    公示価格または国土利用計画法による標準価格という。)か
   ら合理的に算定した価額
  A財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56・直審(資)
    17)の例により計算した価額またはその価額の過去3年間
  (借地権を設定する年以前3年間をいう。)における平均額
(3)相当の地代を授受する方式により借地権を設定した場合、そ
  の後土地の価額の上昇(バブル期以前)または下落(バブル崩
  壊後)に応じて、地代を改訂する方法と改訂しない方法をどち
   らか選択できます。
(4)将来、借地権の譲渡または返還ということになった場合、地
  代を改訂する方法を選択している場合借地権の価額はゼロとな
  ります。地代を改訂しない方法を選択している場合(本事例)
  には、借地権設定当時の土地の価額に比して震災当時の土地の
  価額が上昇している場合には、自然発生的に借地人に借地権価
  額が発生していることになります。
(5)借地権価額を算定する場合に、実際に収受している地代の額
  が一般地代の額(通常支払うべき権利金を支払った場合にその
   土地の価額の上昇に応じて、通常支払うべき地代の額をい
  う。)を超えているときは、上記要旨の(1)により計算します。
  また、実際に収受している地代の額が一般地代の額と同じ水準
  の場合は、通常取引される借地権の価額すなわち本事例の場合
  には、譲渡代金に上記要旨(2)の割合を乗じて計算します。
 
留意点
(1)賃貸借契約が解除され、借地権が消滅している場合には、借
  地人が有していた借地権を無償で地主に返還したとすると、借
  地人(事例の場合法人)及び地主(事例の場合個人)双方に借
  地権の無償譲渡の課税の問題が発生することがあります。
(2)賃貸借期間の満了により借地権が消滅している場合には、上
  記の課税問題は生じないことになります。
(3)借地権価額を計算する場合に、上記要旨(2)の割合が高めに
   設定されているために、借地権割合が60%の地域について、その
   割合を50%とするという判例があります。(神戸地裁平七(シ)
   十四号.平8.2.5民三部決定)
    また、実際に借地権割合の半分ぐらいで取引された事例もあ
   ります。
 
課題事項
 今回の大震災においては、本事例のようなケースが震乳直後およ
び今後も発生する可能性があります。そして、地主が個人または法
人のケース、借地人が個人または法人のケースが考えられます。さ
らに、借地については雁災都市借地借家臨時処理法が適用されるこ
とになり、従来の借地借家法および旧借地法とは違った取扱いがさ
れています。何らかの指針となる取扱いを示してほしいものです。
法令等
法令137(土地の使用に伴う対価についての所得の計算)
法基通13-1-2(使用の対価としての相当の地代)
法基通13-1-4(相当の地代を引下げた場合の権利金の認定)
法基通13-1-8(相当の地代の改訂)
法基通13-1-14(借地権の無償譲渡等)
法基通13-1-15(相当の地代で賃借した土地に係る借地権の価額)
法基通13-1-16(貸地の返還を受けた場合の処理)
 
45.雑損控除を受けた業務用資産の譲渡
原価
  大震災で業務用資産(貸文化住宅)が被害にあい、平成6年分
の申告で雑損控除の適用を受けました。簡易計算で行い、雑損控
除の金額は400万円でした。(一部損壌20%)
 その後、300万円かけて補修しましたが、事情があり売却する
こととなりました。売却する時、この被災建物の譲渡原価はどの
ようになりますか。
 なお、この建物の取得価額は4000万円、被災直前の簿価(未
償却残高)は2500万円です。
    簡易計算上の被災直前の時価2000万円
    簡易計算上の被災直後の時価1600万円
                            (2000万円×(1−0.2))
 
要旨
 雑損控除を受けた資産の取得費については、明文の規定がありま
せん。(事例21を参照)所基適72-7があるのみです。
 さらに、雑損控除を受けた資産を売却した場合、譲渡原価との関
連規定もありません。
 いずれ判明すると思われますが、現段階(平成8年10月)では、
様々な譲渡原価の考え方があり、次の解説で列挙しました。
 なお、取得費の付替え計算をどう考えるかということで解説して
いるため、譲渡するまでの減価償却費は無視して譲渡原価を考えて
おります。
 
解説
(1)@ 所基通72-7の取得費の考え方に従う。
  つまり、被災直後の時価1600万円が被災直前の簿価2500万円に
  満たないため、その差額900万円は償却費の額に算入されたと考
  えます。
   譲渡原価は、2500万円−900万円=1600万円
  A @ に、修繕によって回復しているため、修繕費を加えて考
   えます。
     譲渡原価は、1600万円+300万円=1900万円
(2)@ 簡易計算によった結果、直前時価2000万円が直前簿価
  2500万円より少なくなった。このため(1)の@の考え方では、
   単純な損失の額400万円を上回る減少額(900万円)となります。
   この上回る500万円は譲渡の時(時価が判明するとき)まで含み
   損とされるべきであると考えます。
   譲渡原価は、2500万円−400万円=2100万円
   A 雑損控除の簡易計算上の時価は、本来の時価とはいえず、
   20%の被害割合も実際の割合を反映しているとは限りません。し
  たがって、基本通達72-7でいう被災直後の時価が、1600万円と断
  定することはできません。ただ、雑損控除の適用を受けて減価し
  ているのであるから、雑損控除した金額を控除すればよいと考え
  ます。
   譲渡原価は2500万円−400万円=2100万円
   B @やAの考え方に従うにしても、修繕によって回復してい
  るため、修繕費を加えて考えます。
   譲渡原価は2100万円+300万円=2400万円
(3)@ 雑損控除400万円は、直前時価(2000万円)と直後時価
 (1600万円)との差にすぎず、減価される割合は20%であり、原
  価ベースである未償却残高も20%の減価をすべきと考えます。
    譲渡原価は2500万円−(2500万円×0.2)=2000万円
    A @に修繕費を加えます。
  譲渡原価は2000万円+300万円=2300万円
(4)@ 雑損控除による損失額といっても、計算は時価ベースであ
  ります。
    譲渡原価を算出するためには、雑損控除の金額そのものを差引
 くのではなく、原価ベースに引き直して減価させるべきと考えま
 す。
  差し引かれる金額は      直前簿価2500万円
           400万円× ---------------- =250万円
                 取得価額4000万円
  譲渡原価は2500万円−250万円=2250万円
  A @に修繕費を加えます。
  譲渡原価は2250万円+300万円=2550万円
(5)直前時価と直後時価の考え方は雑損控除の簡易計算上のことで
  あり、譲渡原価計算上は切り離して考えるべきです。修繕費
  300万円を支出しているということは、原状回復していることで
  あり、直前簿価は変化しないと考えます。
  譲渡原価は2500万円
 
留意点
(1)混乱をまねいている原因として、雑損控除を適用するに際し、
  被災建物の損失額は時価ベースで考え、取得費や譲渡原価は原価
  ベースでとらえるということ、さらに簡易計算上の時価は、本来
  の時価と同一ではないということが上げられると考えます。
(2)所基通72-7の考え方に従うと、例えばこの事例で直前簿価が
   1500万円であった場合、被災直後の時価1600万円の方が上回って
  いるため、取得費の付替え計算は行われないこととなります。す
  なわち、直前簿価が変わらないため、譲渡原価は1500万円となり
  ます。
(3)解説の中で、修繕費を加えているケースがありますが、資産損
  失の必要経費算入規定(所法第51条第4項)を適用した場合、所
  基通51-3により、直前簿価から直後時価を控除した残額(事例に
  あてはめると900万円)に相当する金額までは、資本的支出とさ
  れております。
  これに準ずるならば、この事例の修繕費300万円は必要経費に
  算入されないこととなり、修繕費を加えるという考え方が出てく
  る余地があります。
(4)修繕を行っていない場合、原状回復ができていないとして、単
   純に 解説(5)のような考え方ができるかどうかという点もあり
  ます。
(5)居住用建物の場合も同様に考えてよいかという問題があります。
  また、居住用建物にも取得費の付替え計算を行うとして、その
  事が将来譲渡する時点において確実に把握されるであろうかとい
  う心配も残ります。
   被害があったが、雑揖控除の適用を受けていない居住用建物は
  どのように取扱うべきなのか、ということも明らかではありませ
  ん。
 
課題事項
 これだけ、多くの考え方や疑問が出てくること自体、法の不備と
いえます。納税者が譲渡所得を計算する場合にも、よく理解できる
規定の明確化が望まれます。
 
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